HISTORY


“83”カリフォルニア・ハンティントンビーチで開催された”KATIN PRO-AMA TEAM CHARENGE”に参加出場するため、アメリカに渡った現オーナー丸山”Ryobay”良子の父である丸山典由紀は、かの有名なサーフムービー”ENDLESS SUMMER”の主役として名を馳せたサーフスター”ロバート・オーガスト”と出会う。その時、典由紀が持参したサーフボードが飛行機にて運送中に破損していたことをきっかけに、ロバート自身が乗っていたボードを貸してもらうことに。この時のボードが典由紀に衝撃を与える。そしてこれが全ての発端となる。

1980年代 ボトムターンする丸山典由紀1980年代 ボトムターンする丸山典由紀

ロバート・オーガストと丸山典由紀 カリフォルニアにて。ロバート・オーガストと丸山典由紀 カリフォルニアにて。

“94”サーフムービー”ENDLESS SUMMERⅡ”が日本公開となった同年、
典由紀はかつてからの親交を経て、ロバート・オーガスト本人直々に依頼を受け”Robert August Precision SurfBoard Japan” を設立。とほぼ同時期にフラッグシップストアを東京都江戸川区、千葉県夷隅郡(現いすみ市)に構え本格的にディストリビューションの仕事を始動させた。

Robert August Precision Surfboard Japan 展示会にてRobert August Precision Surfboard Japan 展示会にて。
ロバート・オーガスト(最右)の他に同じくシェイパーのマークマーティンソン(上右から2人目)、マイクミンチントン(下 真ん中)やレディースライダーのジェリコ・ポピュラー(右下)も一緒に来日。

千葉県夷隅郡にあったRobert August Precision SurfBoard フラッグシップストア千葉県夷隅郡にあったRobert August Precision SurfBoard フラッグシップストア

“00”ジョエル・チューダーらによりロングボードがリバイバルしてきたこの時期、当時本国にてライダーを務めていたアレックスノスト、ドジャークレメル、コディーシンプキンス、マットアームストロングら若手が一同に来日。まだ二十歳にも満たない彼らが魅せるロングボーディングとそのスタイルは、当時高校生のRyobayをはじめ日本のロングボーダーに衝撃を与える。その後のユニークかつインパクトのある広告の効果も相まって、Robert August Precision Surfboardは千葉県太東海岸を中心として全国的に人気を博す。

第7回ロバート・オーガスト ロングボードクラシック千葉県大原海岸にて開催された 第7回ロバート・オーガスト ロングボードクラシックに来日した
ロバート・オーガストチーム一同。日本の缶ビールを片手に。
左からウィングナット、アレックスノスト、ドジャークレメル、コーディーシンプキンス、サム・オーガスト、マットアームストロング、ロバート・オーガスト

第7回ロバート・オーガスト ロングボードクラシックひとたびコンテストやイベントを開催すれば こんなにも多くのロバート・オーガスト ユーザーが集まった

“04”この年本国Robert August Precision Surfboardの運営指針が変更したことや様々な理由を背景に、丸山典由紀はこのディストリビューションの仕事を辞めることを決断する。よって千葉県夷隅郡にあったフラッグシップストアはクローズとなったが、まだたくさんのロバート・オーガストユーザーを抱えていたため、その後は現オーナー丸山良子の母 丸山佐智子が実質的にオーナーとなり、東京都江戸川区の店舗を自身のサーフショップとして運営させていった。

この頃環状7号線沿いに構えていたこの店舗を 丸山佐智子が実質的に運営していったこの頃環状7号線沿いに構えていたこの店舗を 丸山佐智子が実質的に運営していった

実際に接客をする丸山佐智子実際に接客をする丸山佐智子

“09”東京環状7号線沿いから現在の千葉県いすみ市太東に
RA-surf/SuperPrettyCozyShopRと店名を変えてリニューアルオープン。丸山佐智子からRyobayが新オーナーとなりプロサーファー業と並行してお店を運営していく。店内にはカフェスペースを新設し、オリジナルプロダクトも織り交ぜた新たなコンセプトで営業していく。

RA-surf/SuperPrettyCozyShopRと丸山良子RA-surf/SuperPrettyCozyShopRと丸山良子

SuperPrettyCozyShopRのオリジナルプロダクトのひとつとして展開していたアパレル。SuperPrettyCozyShopRのオリジナルプロダクトのひとつとして展開していたアパレル。
このほかサーフボードケースやクッションなどライフスタイルアイテムも ラインナップしていた。

“15”Ryobayとおなじくプロロングボーダーとして活躍していた瀬筒雄太と晴れてパートナーに。同年3月から心機一転ふたりのお店として店名を新たに「YR」としてオープンさせる。

こうして2015年に「YR」は誕生した